中国帝王図:感想 [タイトル:た行]
田中芳樹ほか 『中国帝王図』, 講談社
中国史初心者にもやさしい、つまみ食い的なミニ図鑑。大人向けというより、中高生が読めば、中国史に興味をもってくれて良いかもしれない。
田中芳樹、井上 祐美子、狩野 あざみ、 赤坂 好美らが各帝王の記事を分担して書いている。皇名月さんのイラストが美しく、分量的にも厚くなく、軽めの文庫で読みやすい。
(※皇名月:中国王朝ものに定評がある漫画家。『梁山伯と祝英台 』は良作。)
これを入り口に、興味を持った人物の歴史や小説を探索してみると読書は広がる。
気になる時代、人物が登場する本を手にとってみては。
中国歴史小説では、田中芳樹、陳舜臣、宮城谷昌光ら(読破のハードルが低い順)の本がおすすめ。
後漢の光武帝 劉秀
「人は足ることを知らずして苦しむ。既に隴を得てまた蜀を望むなり。ひとたび兵を発することに、頭髪為に白し」
千古の名文というべきであろう。天下統一を目前とした劉秀が、二十八将のひとり岑彭に送った親書の一節である。(講談社文庫版, p.86)
The S.O.U.P.:感想 [タイトル:さ行]
インターネットを舞台にした、サイバー・クライシス小説。
初出の単行本は2001年の刊行で、日進月歩のネットの世界を描く小説にも関わらず、古さを感じさせない面白さ。
未知のテーマであっても理解できるだけの情報を読者に与えつつ、説明くささは無い。
主人公は、オンライゲーム「The S.O.U.P.」の開発者として知られていたが、現在は、セキュリティ関連のコンサルタントをしている(引きこもりのコンピューターオタクとも言える)。
しかし、ある日訪れた経産省の役人からの依頼をきっかけに、かつて情熱を注いだ「The S.O.U.P.」の変質と、謎の集団EGGの存在を知る。
EGGを追う内に、ハッカー変死事件を追うFBIと交差し、世界規模のサイバーテロに巻き込まれ・・・。
オンラインゲームにも、ネットワークにも不案内だが、面白かった。
単なる、凄腕ハッカーが活躍する話ではない。技術の根底にある思いや希望を描いている。
さて、拡大した事件の結末どうなったのか。悪くない余韻である。
「ぼくはね、『世界』を創りたいんだ」光は身を乗り出した。「ほら、RPGの中には世界があるでしょう。その中で登場人物が、生まれ、成長し、死んでいく世界が。プレイしていて『世界』の広がりを感じられるようなRPGをつくりたいんだ」(角川文庫版, p.121)
ななつのこ:感想 [タイトル:な行]
加納朋子 『ななつのこ』, 東京創元社
全編に渡って、ふんわりした「やさしさ」を感じられる人が死なないミステリ。
個々の短編を味わいつつ、各編のつながりを楽しめる連作短編になっている。
ふだん推理小説なんて読まない、という人に、ぜひおすすめの作品。
続編『魔法飛行』、『スペース』と、関連書籍『ななつのこものがたり (※本編3作読了後にどうぞ)』あり。
主人公駒子は短編集『ななつのこ』の作家にファンレターを送る。
その手紙の中で、彼女が日常で出会った何気ない謎を書いたところ、思いもかけず作家本人から返事が届いた。
そして、ささやかな謎は作家によりさらりと解き明かされていたのだった。
駒子と作家との手紙のやり取りを主軸に、作中作の『ななつのこ』の各話も絡めた入れ子状態になっており、一度で二度おいしい。
どの短編も良いが、個人的には「白いたんぽぽ」が好きだ。
駒子と真雪という少女の交流に、あたたく、切ない気持ちになれる。
また、この話で作家が推理した某短歌の解釈は、必読。
なんだしゃらくさい、と思う。たかが塗り絵のごとき、白く塗ろうか黒く塗ろうが、かまいやしないではないか?水玉模様にしようが、紅白の縞々に塗りわけようが、・・・。(創元推理文庫, p.224)
新編 悪魔の辞典:感想 [タイトル:あ行]
アンブローズ・ビアス 『新編 悪魔の辞典』, 岩波書店
暇つぶしにぴったりの一冊。単語集の構成なので、通読せずに、ぱらぱらめくって、気になった語を読んでみても良し。『筒井版 悪魔の辞典〈完全補注〉上・下』もあるが、こちらは作家・筒井康隆によるまさに「筒井版」。まずはシンプルに岩波版(西川訳には難もあるが)をいかが。
19世紀後半~20世紀初頭のジャーナリストだったビアスが、ありふれた言葉を、風刺に満ちた解釈で説明している。
皮肉と冷笑をもって、痛烈に一言。
斜に構えた態度を面白く思える(もしくは苦笑で済ませられる)なら、気にいった語を人に紹介したくなるだろう。
私のお気に入りは、「合理的な(rational)」と「無学者(ignoramus)」。
ただし、真面目すぎる人にはお薦めできない。
また、女性に対する表現がかなり辛辣なので、フェミニストの方も怒るかもしれない。少なくとも私には、ビアスとは友達になれそうにない、と思える。
あくまで、冗談の一種だと思える人だけどうぞ、お楽しみください。
ナイン・テイラーズ:感想 [タイトル:な行]
クリスティと並ぶミステリの女王たるセイヤーズによる傑作長編。
ミステリ初心者には敷居が高いかもしれないが、これぞ本格推理小説。
見事に構築された論理と世界にただ酔えばいい。
有閑貴族のピーター・ウィムジィ卿が探偵を務めるシリーズの1つ。
シリーズ内は月日が流れており、おなじみの登場人物が出てくることもあるが、この作品では特に気にする必要は無い。
ピーター卿が迷い込んだ小村で、教会の鐘を中心に物語がつむがれる。
平穏だった村から見つかった身元不明の死体は、いったいどうして、村に現れたのか。鐘が鳴り響く夜、いったい村では何が起こっていたのか。
前半の、鐘の演奏方法の説明などは、衒学的でやや苦痛かもしれない。
しかし、この部分があってこそ、それを乗り越えた先にミステリの醍醐味が待っているのだ。
へえ、わしゃテイラー・ポールをごっそり引いてきたで。―中略―、これからもずんと引いちゃる気ですのよ。わしのために九告鐘(ナイン・テイラーズ)を鳴らしてくれるまで、へえ (創元推理文庫版, p.37)