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オレンジの壺:感想 [タイトル:あ行]

 宮本輝 『オレンジの壺』上・下, 光文社

オレンジの壺 上  光文社文庫 み 21-2 20代後半の女性には特におすすめの作品。
一人の女性が成長していく姿を、祖父が遺した日記の謎を追う過程をとおして描いた物語。

オレンジの壺 下  光文社文庫 み 21-3 日本文学は普段あまり読まないのだが、宮本輝は良い。
奇を衒わない誠実な文章、温かみのある人間描写、上質なストーリー。

 何度か新装版が刊行されているので、表紙デザインが気に入ったものを入手すると良いだろう。講談社文庫の新装版(上)(下)は入手し安いと思うが、光文社文庫版のオレンジの表紙が上品。

 主人公の佐和子は25歳、離婚したばかりの女性。
自分を女性としても人間としても、つまらない、魅力がないと自嘲する日々の中、今まで読もうともしなかった亡き祖父の日記帳のことをふと思い出す。

 日記には、第一次世界代戦後に渡仏した若き祖父の苦労と愛と「オレンジの壺」の謎が書かれていた。佐和子は、それまでの自分では考えられない衝動で、日記帳に隠された真実を知るためフランスへ向かった。
戦争の歴史と関係者の跡をたどる旅を通し、彼女は自分自身の幸福と生き方にも向き合い始める。

 佐和子は、傷ついた自尊心を諦めで慰めているため、身動きが出来なくなっているのだろう。これは、20代の女性の等身大の姿だと思う。
そんな佐和子が、物語が進むにつれて少しずつ変化していく様子に、やさしい気持ちにさせられる。
 ミステリ風の物語としても楽しめるが、一人の女性の成長の物語として絶品。
また、祖父・曽祖父の時代、大戦の気配に覆われた世界を垣間見ることができた。

私の生きた時代は、夢みたいだった。まぎれもなく歪んだ時代でした。しかし、その歪みが、
まっすぐ高く跳ぶために屈んだのだという時代であってもらいたいものです
(光文社文庫版, p.181)


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狂乱廿四孝:感想 [タイトル:か行]

北森鴻『狂乱廿四孝』, 角川書店

狂乱廿四孝 (角川文庫) 北森氏のデビュー作で、第6回鮎川哲也賞を受賞した歴史ミステリ。

原書の東京創元社版の方がデザインが良かったのだが絶版。現在入手しやすいのは角川文庫版で、こちらには本作の原型となった未発表作品(本編読了後にどうぞ)が収録されている。

 明治初頭、活気と昏らさが混在する歌舞伎の世界を舞台に、病を得ながら芝居に執着する当代一の女形田之助の周囲で立て続けに事件が起こる。
その引き金となったと思われる、河鍋狂斎が描いた一枚の幽霊画に隠された秘密とは。刮目して見よ。

 歌舞伎という素材を良く活かしたミステリになっている。
個人的には、歴史上の実在の人物が幾人も登場する点も好みである。
 デビュー作にしては十分達者で、以降の作品も期待して読みたくなるだろう。

 光の加減に応じて左右の瞳の色を違えて書いているところへ持ってきて、目元に浮かんだ怨みの念が恐ろしく写実的で、見るものの背中をゾクリとなで上げる。…中略…狂斎のこの絵は、人が心の中に持つ罪悪感を幾層倍にもふくらませて、苦しめるようだ。(東京創元社版, p.35)


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探偵ガリレオ:感想 [タイトル:た行]

東野圭吾 『探偵ガリレオ』, 文藝春秋

探偵ガリレオ (文春文庫) 科学トリックが満載な連作短編ミステリ。
東野さんは宮部みゆきさんと並ぶ達者な作家なので、安心して読めるクオリティ。

 続編に短編集『予知夢』、長編『容疑者Xの献身』等がある。なお、福山雅治主演のドラマ化後に出た作品(『ガリレオの苦悩』等)には、ドラマオリジナルキャラクターだった女性刑事も登場し、やや別物の感がある。

 
古典的ミステリでは禁じ手の、専門家にしか分からない科学トリックを使用している。
よって、純粋に推理小説としての論理を楽しむ作品ではない。
それでも、ミステリとして楽しめるのは、さすが東野圭吾。

 
偏屈な物理学者の湯川と、湯川に科学音痴を揶揄される刑事の草薙。
説明がつかない事件が起こると、湯川のところに草薙が相談に来る。
二人は現場や関係者を回り、湯川が実験でトリックを説明する、という流れ。

 ともすれば、草薙は記号的にワトソン役になるところだが、
草薙がたまに向ける湯川に対する冷静な視線から、彼もまた有能な刑事だと分かる。
二人には学生時代から続く友情と、事件へのスタンスの違いからくる絶妙な距離感があって、そこが面白い。

「どうだい?」と彼は湯川を見た。
湯川はいつの間にか頬杖をついていた。だがそれが退屈している徴でないことは、眼鏡の奥の目が語っている。
(文春文庫版, p.35)


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十三番目の陪審員:感想 [タイトル:さ行]

芦辺拓 『十三番目の陪審員』,角川書店

十三番目の陪審員 (創元推理文庫)  弁護士・森江春策シリーズの6冊目。
シリーズの中では、陪審員制度復活後のパラレル日本を舞台にしている点で特殊である
(なお、当シリーズの2時間ドラマ化はミステリとしての出来がちょっと…)

 原書は角川書店発行だが、現在入手が容易なのは創元推理文庫版。

 DNA鑑定も犯人だと示す、圧倒的に不利な状況で容疑者として逮捕された男。彼の無実の主張を信じて弁護を引き受けるのは、森江春策だけだった。
 事件を調べるうちに、背後に隠された陰謀が浮かび上がる。
周到に用意された罠のすべてを乗り切る道はあるのか。
裁判の行方はどこへ、その時、陪審員たちの結論とは。

 美形でも皮肉屋でも親戚に警察高官がいるわけでもない森江弁護士は、一見頼りなくぱっとしない。しかし、無実の罪をかぶった依頼人を救うべく、必死に東奔西走する優しい名探偵だ。
 本作では、単純な真犯人探しが主眼ではない。
どうしようもない(かのような)状況を乗り切る方法と、それを成すための設定と伏線。
 読了後には、実際の日本社会にも思いを致すかもしれない。


「あの人を助ける道は、あの人を有罪にすること……破滅させる道は、無罪にすること……でも、どっちにしても奴らの思うつぼ……」(角川書店, p.317)


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震える岩:感想 [タイトル:は行]

宮部みゆき 『震える岩 : 霊験お初捕物控』, 講談社

震える岩 霊験お初捕物控 (講談社文庫) 霊験お初捕物控シリーズ1作目。
霊験という推理小説では反則技を取り入れながら、大きくはミステリとして成立しており、物語の中に、歴史上の事件や人物が自然に登場し、妙味を加えている。

2作目『天狗風』と、シリーズ原型となった短編「迷い鳩」「騒ぐ刀」あり(『かまいたち』所収)。


 時は、赤穂浪士の討ち入りから100年後の江戸時代。
主人公のお初は、義姉の一膳飯屋で看板娘をしながら、岡っ引きの兄の事件に首をつっこむおてんば娘である。
お初には、人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる不思議な力(霊験)があったのだ。

 霊験と度胸でがんばるお初と、腕っ節は頼りないが頭は冴える右京之介が、
江戸の町の風物を背景に、“死人が生き返った”事件を追いかける。
二人が様々な人々から話を聞くうちに、事件は深まり、やがて100年前の赤穂事件も絡みはじめ・・・。

 さすが、宮部さんの筆力で、明るく芯の強いお初をはじめ、登場人物たちが生き生きとしている。
最初は頼りないだけの右京之介が、徐々にお初に感化され、成長していく様子も良い。
赤穂事件の真相を探るあたりも、本当にそうだったのかも、と興味深く感じた。
こういう歴史の裏側と描くときは、この作品のラストのように、余韻がある語り口が良い。


こういうことは、初めてではない。知らないひとに出会い、話をしているうちに、
あるいは顔を見ただけで、そのひとの持つ人柄の色合い――匂いのようなものが、
お初の頭のなかに眠っている三つ目の目に見えてくるのだ。
(講談社文庫版, p.309)


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